補陀洛山寺と熊野三所大神社

和歌山県那智勝浦町の、熊野山 補陀洛山寺(ふだらくさんじ)
宗派:天台宗 創建:仁徳天皇治世(4世紀) 開基:裸形上人
『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部としてユネスコの世界遺産に登録されています。

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手水場
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本堂
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外陣には延命地蔵菩薩坐像と、左足を踏み下げた半跏の笑顔の賓頭盧さんが祀られています。
内陣に入らせていただきました。
中央のお厨子の前に、秘仏のご本尊の写真を置いて下さっています。
平安時代作の三貌十一面千手千眼観音立像(重文)は、像高172cmの一木造り。
耳の後ろのニ面は、左右ともに憤怒面だそうです。
ご開帳は年に3回(1月27日・5月17日・7月10日)
お厨子の左右に、平安時代作の多聞天と広目天、ご本尊のレプリカのような観音像(お前立?)、不動明王坐像と立像。
不動明王立像の脇侍は、ちょっとサイズが大きめのセイタカ・コンガラ童子。

壁に掛けられた熊野詣の曼荼羅図(レプリカ)について、とても詳しく説明をして下さいました。(原本は熊野那智大社に保管されているそうです)
持ち運んで絵解き物語に使われたとのことで、折りたたまれた筋が確認できました。
那智山をめぐる宗教的な図が描かれ、その一番下は、補陀落渡海が表現されています。
「補陀落渡海」とは、平安時代から江戸時代にかけて行われた宗教儀礼で、補陀洛山寺の僧は60歳近くになると、北風の強い日に、南方にあるといわれる観音浄土へと小船で旅立ちました。
30日分の食糧と灯火のための油だけを積み込み、航行に必要な櫂などは備えていなかったそうです。
室戸岬や足摺岬からも同じように渡海が行われ、この補陀洛山寺からは平安時代から江戸時代の間に25人が渡海したそうです。

補陀落渡海記念碑
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復元された補陀落渡海船
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四方に鳥居が建てられています。
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僧が屋形に入り込むと、外から釘を打ちつけ、二度と出て来られないようにしたそうです。
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お寺の裏山を少し上ると
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渡海上人や平維盛の供養塔がありました。
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補陀洛山寺にていただいた御朱印です。
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補陀洛山寺に隣接している熊野那智大社の末社・熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわしゃ)へ。
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浜ノ宮の大楠
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手水舎
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拝殿
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本殿
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主祭神は夫須美大神・家津美御子大神・速玉大神の三神です。

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収蔵庫
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詳しいことはわかりませんが、熊野三所大神社には重文の木造男神坐像(彦火々出見命、大山祇神)と女神坐像(天照大神)が祀られているそうなので、この収蔵庫に安置されているのかもしれません。

石宝殿が二つ(丹敷戸畔神社と三狐神社)
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熊野三所大神社にていただいた書置きの御朱印です。
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本日の歩数 7848歩・歩いた距離 5.4km・上った階数 2階

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