一の鳥居の隣には、鯉のぼりが泳いでいます(〃▽〃)
手水場
境内図
二の鳥居
石段の上に三の鳥居
手水舎
狛犬ではなく、泣き相撲大会の勝者と敗者です( *´艸`)

社殿
伊弉冉命、事解男命、速玉男命の3柱が祀られています。
泣き相撲土俵斎場
毎年5月3日〜5日、こちらで「全国泣き相撲大会」が開催されるのですが、今年はコロナの影響で中止になったそうです。
モニターが設置され、これまでの泣き相撲の様子が放映されていました。
生後6ヶ月から2歳までの幼児が参加するというもので、親方が幼児を抱き、「ヨォ~、ヨォ~」の掛け声でそれぞれの幼児の顔を向き合わせ、先に泣き出した側が負けだそうです。
古代杉のご神木
手形に手を添えて、パワーをいただきました。
さざれ石
稲荷社
ここから先は、神社というよりもお寺です。
かつて成島寺というお寺がありましたが、明治の廃仏毀釈で廃寺となり、鎮守の熊野神社と成島寺の毘沙門堂が残りました。
古い境内図には阿弥陀堂と書かれていますが、多聞天の神額がたくさん掛けられています。
成島毘沙門堂(重文)

御本尊の毘沙門天さんは、収蔵庫に安置されています。
外陣の壁面には、宝剣がたくさん。
御味噌奉納堂と宮沢賢治の詩碑
かつては毘沙門天立像の脛に味噌を塗って祈願をしたとされ、この情景を見た宮沢賢治は「毘沙門に味噌たてまつる・・・」とよんだそうです。
味噌を塗ったとされる脛が奉納されていました。
収蔵庫
拝観料@500円を納め、中へ。
いや~、圧倒されました!
地天女の両手の上に立つ高さ4.73m、丈六の兜跋毘沙門天立像(重文)。
ケヤキの一本彫成仏として日本一を誇る像です。
脇侍は尼藍婆(にらんば)・毘藍婆(びらんば)坐像です。
そして大きな毘沙門天さんの向かって左側に、伝吉祥天(重文)が祀られています。
像高約180cmの立像で、ケヤキの一木造。今は2臂ですが元は18臂だったそうです。
私は毘沙門天さんに気を取られ、その時全く気付かなかったのですが、帰って調べてみると・・・
吉祥天さんの頭冠には、二頭の象が乘っているのだとか!!!
このような姿の吉祥天像は他になく、別の尊像かも知れない(歓喜天さん?)ので「伝吉祥天」となっているそうです。
ただし『乳海攪拌』というインド神話に、吉祥天が誕生した時に、二頭の象が現れ、吉祥天の頭に聖水をかけたと言う逸話が残っているそうなので、吉祥天であるという説も有力。
阿弥陀如来立像は顔がとても小さくて、ファッションモデルのよう。
御朱印は、熊野神社のものと

毘沙門堂のものをいただきました。

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